白い巨塔とあれこれ

財前五郎がステージ4による肺がんと、脳などへの転移により死に、ストーリーは終焉。
最終回は、私としてはいまひとつ盛り上がりに欠けた感があるが、相変わらず面白かった。里見のまっすぐな姿勢は、見ていてもスカッとさせてくれる。患者を助けるのではなく、患者に助けられてきたとして現場を大事にし、研究を大事にし、大学病院での政治や出世よりも、本当に大切なものにこだわり続けてきた里見。インフォームドコンセントや、ホスピスなどの緩和ケアという、医師と患者が向き合い、話し合い、納得して無念さを晴らすことができる闘病のありかた…。


今でこそ、耳にするようになったこうしたテーマが、1963年連載で採り上げられた当時にはさぞかしセンセーショナルであっただろう。今ですら、コンセプトは一般化したとは言え、医療の現場では医師と患者が向き合って対話しているなどとは思えない。近頃でも手術をした友人は、3つの名高い病院を比較したが、そのうちのひとつの私大付属病院では極めて不快な待遇を受けたと憤慨していた。きちんとした説明がないということにも増して、友人は目の前で「不良債権」呼ばわりされた。その上、納得がいく病院を選びたいからと再度紹介状を依頼に初診の病院にいった時にも、たまたまその私大系の出身の医師にあたり、さんざん嫌がらせを言われたと言っていたから、その上3軒もの病院で診察、比較をするだけでも通常の人間なら滅入ってしまう。


つまりは今になっても状況が大きく改善したとは言えないが、山崎豊子氏の白い巨塔が提示したテーマは偉大だったといえる。


数ヶ月前にご近所のご主人が末期がんで亡くなった。
体調に変化があったのが夏で、亡くなったのが年末。その半年の間に、家族が病院にひきずって連れて行き、末期がんであることを発見。奥さんと、ふたりの既婚のお嬢さんが代わる代わる看病とし、奥さんが看病疲れから入院をしてしまった…と噂で聞いた直後の年明け、ご主人が亡くなったのだと周囲は初めて聞いた。


周囲が突然のことにショックを受けているそのとき、奥さんは癌センターという癌専門の病院で、行き届いた緩和ケア、ホスピス療法を経て、奥さんやお嬢さん、孫たちと、お嬢さんの手作りの料理を食べながらの一時を大切に過ごすことが叶ったと話していたという。陽だまりの中で、みんなで穏やかなひとときを過ごし、哀しさばかりでなく言いようのない幸福の暖かさも味わうことができたのではないか、とさえ想像した。


今、病院に戻らずに穏やかに人間らしい時を生きているローマ法王の選択も、もしかしたらそういった、人間のなにか生の厳かな部分に立ち返ることなのかもしれない。


そういえば、今こうしている間にもバチカンのSt. Peters Square前に集まっている世界中のクリスチャンや、宗教とは関係のない人々は、ローマ法王のそばにいたくて、そして敬意を表するために寒い最中あの場所に集っているそうだ。あるいは世界各地の教会で、バスケットいっぱいの捧げものをもった人々が、この瞬間の哀しみよりもこれまでローマ法王に導いていただいた幸せ、その素晴らしい人生への敬愛を感じ、幸せな気持ちであるという。導きや愛、世界平和のために25年間も象徴的な存在であり続けたその功績を称え、カトリック教会だけでなく、イスラム派、ユダヤ教会、キューバ共産党など実に様々な立場にある代表たちもローマ法王へのメッセージを寄せているという。